ネットで拡散するというのが流行っていますね。
そのことについて
私の意見を慎重に書こうと思いますが
これは読む側のリテラシーに期待しないと
普通に読むと誤読必至な話だと思います。
私は、この動画で晒して、やり返すという方法に大反対です。
危険だと思うんです。
被害者側の立場に立てば、
学校や周囲の大人に助けを求めても状況が改善されず
「この方法しか残されていなかった」と感じている
可能性は高いと思います。
そして、追い詰められた末の行動であるという点において
そこにある怒りや絶望感自体は理解できます。
でも、このような「晒し」を伴う報復行為には
強い危険性があるんです。
最大の問題は、映像が必ずしも真実の全体を示さないという点です。
SNSに投稿される映像は、出来事の一部分を切り取ったものにすぎません。
そこに至るまでの経緯や文脈が全く分らないんです😱
過去にどのようなやり取りがあったのか?
挑発や相互の暴力がなかったのか?
撮影者の意図は何だったのか?
そうした重要な情報は、映像からは読み取れません。
それにもかかわらず、ネット上では
「暴力を振るっている側=絶対悪」という
単純な構図が瞬時に形成されてしまう。
しかも日本人の文化の悪い部分とマッチして
一度その印象が定着すると、後から事情を説明しても、
あるいは法的に無罪や不起訴となったとしても、
評価が覆ることはほとんどないです!
映像による告発は、司法の判断を待たずに社会的制裁を下してしまう行為なんです。
さらに厄介なのは、この方法が理論上は悪用可能であるという点です。
たとえば、意図的に相手を挑発し、暴力を誘発したうえで
、その瞬間だけを撮影・公開することもできますよね?
実際にそれが頻発しているかどうかは別として
「できてしまう構造」が存在すること自体が問題なんです。
こうした手法が広まれば、正義の名を借りた罠や冤罪が生まれる土壌が
社会に整ってしまうんです。
また、晒しによって残されるデジタルタトゥーは、
法的な罰とは比較にならないほど重いんです。
法律による処罰には期間や範囲が定められ、更生という考え方が前提にあります。
でもSNS上の制裁には終わりがありません。
映像は半永久的に残り、本人だけでなく家族や将来にまで影響を及ぼします。
その制裁が妥当かどうかを判断できる者は誰もいませんよね?
果たしてそこまでのいじめだったのか?
いじめには当然「程度」があると思うんですが
そういうことは一切お構いなしに
事実上の「終身刑」が課されてしまうんです。
暴力やいじめがあったかどうか、どの程度の責任があるのかは、
証拠と文脈を精査したうえで、警察や司法が判断すべき問題ですよね?
映像はそのための証拠として使われるべきであり
世間に向けた制裁の道具として使われるべきではないです。
時間がかかり、感情的なカタルシスも得られないと思いますが、
それこそが社会が壊れないための唯一の方法だと思うんです。
もちろん
分りますよ、いじめを学校や警察がまともにとりあってくれない
だから晒してやりたいと気持ちも。
でもこの方法を容認してしまえば、
次は誰が「正義の名の下に」罰せられるのか分からなくなります。
文脈を無視した制裁が常態化する社会は、いじめをなくすどころか、
新たな被害者を必ず生むので。
だから私はこの行為自体に大反対なんです。
話が長くなりすぎるので、今日は書きませんが
いじめや暴力という人類の歴史と共にあるような
ある意味、文化がありますが
その構造を分析すると
いじめっ子が憎いわけでも、
いじめられっ子が悪いのではなく
憎くて悪いのは「暴力自体」なんです。
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