2026年01月14日

いじめ・暴力と個人の生存戦略について

私は子どもの頃から暴力による教育を受けてきた世代です。
些細なことで教師に殴られることが日常であり
痛みや恐怖は常に身近にありました。
それと同時に
いつか殴られて当たりどころが
悪ければ死ぬのではないか?という感覚があり
死も身近に感じておりました。

そういう私ですが、小さい頃からただ殴られてた訳ではないです。
小学校2年生の時に、女性の先生で
私が生意気?で嫌われていたこともあり
よく些細なことで竹刀で殴られました。
忘れ物をしたり、間違えて消しゴムを床に落としたり……
諸々で……
なんでこんなことで殴るんだろう?
殴られなきゃいけないんだろう?って思ってたんです。
当然、なぜ殴るのか?先生に聞きました。
そしたら
「お前らがやってることは猿と同じで、動物は
殴らなければ分らない。床を汚すことから
心の汚れが始まり
そういうのは大人が徹底的にたたき直さないと
いけない」
みたいなことを言うんです。
その時はまあ……世の中そういうものか……って
思ってましたが

ところが……です。

クラスで梨狩りか何かに行くとき、あれ??って思ったんです。
丁度、デイリーヤマザキのところで
高校生くらいの不良が酒を飲んで、タバコを吸って
道路に吸い殻や、痰を吐いたりしてたんです。
ああ、これは先生が殴るシチュエーションだ!✨って
私は思って、先生に言ったのですが……
先生は聞こえないようなふりをして
殴って教育するどころか、足早に逃げました😱

おいおいおい……って思って
このとき、幼い私でも暴力の仕組みが分ったんです。

暴力を振るう側には共通点があります。
いじめでも同じです。

それは、相手が自分にとって
絶対安全圏にいることを確認してから行動するという点
です。
教師は、反撃してこない生徒や自分より弱い立場の相手にしか暴力を
奮わないんです。
逆に、反撃される可能性のある相手や年上、
権力を持つ人には決して手を出さないんです。
ヤクザが悪いことをしていても、殴りかからないどころか
見て見ぬ振りをするんです。

つまり、暴力は正義や教育の手段ではなく
安全圏の確保に基づく臆病な行為なんです。

自分がやり返されない保障がある相手にしか
暴力は奮わないです。
先生という立場の利用もあります。

いじめも全く同じ構造です。
加害者は自分が絶対安全であると確信できる相手にしか手を出さないですし
実はそういうターゲット選びを、ふざけて軽く叩いてみたり
軽い意地悪をして、相手がどういう反応してくるか
試してるんです。その上で、ターゲットを慎重に選んでます。

何かでやり返してくる相手は怖いですよね
どんな復讐をされるか分らない。
道ばたで後頭部を急に殴られたり
急に刺されたり……
いろいろなことが心配になるんです。
いじめっ子や暴力を奮う人は臆病なんです。
本質的に。

ですから
いじめや暴力に対して最も効果的な自衛策の一つは、
相手に「安全圏ではない」と示すことなんです。

どんなに自分の方が弱くても関係ないです。
1回ボコボコにされても、やり返し続けていれば
その人にもう一回やってくる人はいません。
それなら他の絶対安全圏のターゲットを探すからです。
やり返してくる可能性のある相手が怖いんです。

ですから、やり返すというのがおそらく一番効果があります。
ではやり返す力のない人はどうするか……
それが昨日書いた映像を撮影して
晒すというのがあるのですが
これは昨日述べましたが
私は反対です。

殴られても殴り返すようなことは……
ある意味最後の手段というか
決して理想的な解決策ではないです。
身体的な力の差や集団の構図によっては
反撃自体が危険を増幅させる場合もあるので。

もっと先に考えることは
可能な限り
環境を変えること
つまり、逃げることです。

現代社会では、転校や転職、引っ越し、オンラインでの居場所作りなど
ある程度逃げる選択肢があります。
古くは歴史的にはそうした逃げ道はほとんど存在せず、
人々は避けられない暴力や
いじめに直面せざるを得なかった場合もあります。
でも、現代では比較的に容易に逃げて、環境を変えることができます。
いじめっ子も、一度ターゲットを見つけても、執着し続けることは稀で
環境を変えたり距離を置くことで被害を最小化できる可能性があります。

本当は周りにいる人の倫理観がしっかりしてれば
誰かが止めに入るはずですが……
何かに頼るのは残念ながら良くないです。
結局、有効な解決手段を取ってくれる人はいないです。
警察に頼ったり、先生や親に頼ったりしても
同じ環境にいたら
私はいじめの構造はなくならないと思います。
ですから
一番大切なことは「逃げる」ことです。
それがダメなら
相手に安全圏でないことを教えてやる……ということになるのですが……

私はこういう暴力を見てきて
暴力は連鎖すると思っています。
そもそも暴力でものごとを解決しようとする人は
その人も暴力を受けたことがあるからです。

自分が暴力を受けて
その理不尽さに嫌な思いをし
痛みを感じ、その仕返しとして
自分より弱い人に暴力を向ける

これが暴力の構造だと思います。

そもそも暴力を受けたことがない人は
暴力で何かを解決しようなんて
思いもつかないので。

ですから……この負の連鎖を誰かが止めないと
いけないんです。
私は野球部でキャプテンになることで
その連鎖を無くしましたが……

昨日書いたことを
もう一回繰り返しますが
こういう
いじめのようなものは
いじめっ子もいじめられっ子も
どちらが悪いとか良いとかいう話ではないです。
もちろん
ある個別の事象において、それは存在しますが
社会全体でなくさなければならないもの
本当に憎むべきは加害者ではなく
暴力そのものだと思うんです。
(一応誤解がないように書いておきますが
主語が「社会」の場合の話です。)

この連鎖する暴力を
1人1人各々の場所で無くしていくしか
究極的には方法はないと思います。
また
それ自体、現実的には難しいことで
それよりもまずは自分の身は自分で守るということが
大事なんだとは思いますが。

posted by 物理屋hν at 00:00| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください